NPO法人の経営支援と閉鎖業務

こんにちは、管理人、代表の金田です。

本日は、活動の一括りがございましたので、ご報告いたします。

まず私の活動は16年前の交通事故に遡ります。

2006年、障害後の5年間は後遺症が判明せず、就職と離職を繰り返しました。

その後、2011年に後遺症が「高次脳機能障害」と判明し、一度福祉の企業へ就職したのち、地域への奉仕活動、食い扶持を自ら探す創るための活動を開始しました。それが5年前の2016年度でした。

様々な団体に顔を出しつつ、地域でのまちづくりNPO法人で活動を開始します。そして2年間ほど活動をしている間、その地域内の社会福祉法人でのボランディア活動も開始し、高齢者の困り事支援、家庭内の高齢の引きこもりの方の社会復帰への相談業務や福祉へのつなぎ役業務を実施しました。

そんな中、NPO法人の横の繋がりから別の環境系NPO法人の代表より連絡があり、人手が足りないから手伝ってほしい、との依頼を受けます。話合いをしたあと、掛け持ちならという条件で環境系NPO法人での業務も担当することになりました。

その環境系NPO法人は、もともと愛地球博からの業務委託や、地域通貨等の市民活動的な幅広い業態を持っていました。

ただ、私が手伝いを開始したすぐ後に代表と事務局長との不和から、全く不慣れな事務である経理、総務、労務を担当することになります。4拠点(4つの地方自治体)の地域通貨の集計や報告、経理への反映なども含め、すべてのバックオフィス実務業務を統括することになりました。

その際、法人として3000万円以上の借入金があることを知り驚きました。またこのNPO法人内で起きた、これまでの人間関係の軋轢や不信感なども含め、法人自体が泣いているような、そんな感想を受けました。 

バックオフィスの統括をすることになったとき、最初にわたしが個人的にできる目標と指針として下記を設定しました。

・人間関係を滑らかにする

・借入金を完済する

・経営を安定させる

この3つは、代表とその他の職員にも宣言しました。

(できるできないではなく、個人としての姿勢を示す、との目的からです)

その後、アルバイトやパートの方の力を借りつつ、上記の3つも何とか達成できているように感じられた1年ほど前のことです。

メインで業務を行っていた職員が、パートさんへのセクハラ、パワハラで訴えらえる事件が発生します。そして弁護士を含めた訴訟や賠償問題にまで発展しました。

最終的に示談にはなったのですが、この際、メインの職員とパートさんの離職、そして示談金の支払いが重くのしかかりました。

元来、障害を持っている私は、業務の困難さと膨大さから2週間ほど疲労から寝込んでしまいました。。

その後復帰した際、金銭的な理由で掛け持ちしていた別法人業務やまちづくり活動を同時に行うことが困難になり、その掛け持ち分をすべてお断りし、このNPO法人の業務に専念することになります。

コロナ禍もあり、行政と共に行うイベントが軒並み中止になる中、代替として行うイベントも少なからずありました。コロナ対策も含めて前任者から引継ぎなども行っておらず(前任者は訴訟から逃げており私からも連絡したくない状態でした)、イベントの計画から実施、報告業務まで代表の手を借りつつ、なんとか実施できました。

外注せず専門的に行ったこととしては下記があります。

・地域通貨のシステム変更、サーバ変更の移管作業

・旧地域通貨システムを予算的に使えない自治体に対しての、地域通貨「発行・交換」管理ファイルを作成、運用

・コロナ禍でイベントが中止にあったことで、講演予定だった方のビデオ録画、編集、Web上での市民への公開管理等

これまで大の大人の男が3人で行っていた実務を1人で行うことになり、法人の財政的にも誰かを雇うことは難しい状態だったため、何とか別のパートさんを探してもらい、男2人分の業務の切り出し部分のみを手伝って頂きました。

怒涛の1年間でしたが、2017年11月のアルバイト開始時期の借入金残高が3000万円を超えていた状態から、2021年7月の法人閉鎖時期には、代表が無限責任で受ける100万円以下にまで返済し、予定より少なく収まりました。(企業からの借入金は1500万円ほど債権放棄が決まりました)

障害の症状で倒れながらも、脳の障害を負っても何とか経営的な観点からも社会に貢献できる、という達成感と満足感を少しは得ることができたとも感じてます。

借入金の推移と、その時のイベントを記した1枚の図を添付いたします。

まだ法務局で閉鎖の完了まで至っていませんが、あとはほぼ手続き上の業務で完了予定です。

以上、経過報告でした、

金田



特集記事